日本酒のグラスを迎えるように口をつけ「ACE HOTELはポートランドがいいんだ」と彼は言った。
その夜、展示会出張が重なった僕らは上京したての大学生のように渋谷ハチ公前で待ち合わせをしていた。
いろんな国の人達がハチ公の銅像の前で記念撮影をし、
ハチ公前広場の一角では10代の男の子が警察官から執拗な職質を受けていた。
僕はパタゴニアのリュックを背負いながらこの歳で職質されるのは勘弁して欲しいなと考えていた。
「今夜、明日と一人食事をするのにいい所をアテンドするよ」と告げると道玄坂の雑居ビルの奥にある「元祖 うな鐡」へ案内してくれた。
思うに彼はことさら「食」に関しては優秀なナビゲーターであった。
20時前に会社員2人組が既に並んでいた。15分ほど待って店内に通される。
まずは瓶ビールを頼み、グラスに注ぎ乾杯する。
鰻串焼き、うざく(かば焼きにしたうなぎを細かく切り,薄く刻んでもんだきゅうりと三杯酢であえたもの)を頂く。
ビールの次には日本酒をコップ酒。これでもかと並々に注がれる日本酒に驚き、うなぎを摘みに日本酒をちびちび舐めるように呑む。おっさんになるのも悪くないなと思える。
「ニューヨークでもなく、ロサンゼルス、シアトル、ロンドンでもなくあくまでもポードランドなんだ。致命的な方向音痴である君に付け加えるならメイン州ではなくオレゴン州のポートランドだよ」と彼は言った。
「ポートランド♪」と後をなぞるように僕も言った。
「ちなみにACE HOTELのポートランドに泊まった話をすると女の子にモテるのかな?」
「間違いないね」と彼は言った。
その夜から「ポートランド」という都市の名が僕の脳裏に刻まれている。まるで呪いのように。